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2017年05月23日 (火) | Edit |
上田市・松本市の旅を振り返って!

5月も下旬となり、今さらながら月日の流れの速さには驚きます。
そして季節の変遷のスピードに置いてきぼりになる恐怖にも~。


先月の末に、「サントミューゼ上田市美術館」で開催された、
「生誕140年吉田博展」(2017.4.29~2017.6.18)の開会式に出席。
翌日、講演会をさせていただくために夫が上田市に行くことになりました。



信州は憧れの地でもありましたので、「決してお邪魔はしないから」
との約束をして同行を許されました。(有頂天でした!)



吉田博(1876~1950)は福岡県久留米市出身で、自然と一体になることに
制作の神髄を見出した風景画家は生涯、ひたすら自然の造形をテーマに
水彩画・油彩画・木版画の制作に取りこみました。

詳しくは、「サントミューゼ上田市美術館」ホームページをご覧下さい。
 http://santomyuze.com/yoshidahiroshi140/ 

IMG_5805.jpg


その吉田博が、のちに盟友となった丸山晩霞の生誕地、アルプスの山々の
絵を描くために歩いたとされる行程を辿ることに同行しました。

丸山晩霞記念館にも行き、館長さんからもお話をお聴きしていたようです。
(けしてお邪魔はしませんでした)


丸山晩霞は1867年(慶應3年)に東御市祢津西宮に生誕。

丸山晩霞生誕の地跡です。

東御市西宮丸山晩霞

東御市西宮丸山晩霞たんぽぽ


その後、晩霞は水彩画で太平洋画会の重鎮となり、明治美術界に大きな功績を
果たしました。晩霞の絵画の本質は、強い郷土愛に根ざす田園詩情であり、
これに山岳美と高山植物を愛好とを加味したものだったそうです。




吉田博との出会いは、
明治28年、実業の蚕種販売として風景写生を兼ねて、上州沼田も後閑付近で、
利根川の清流を写生中の青年に出会ったのです。
精密で写実的技巧に感嘆させられた、晩霞は話し掛けられずにはいられなかったのです。

そして、意気投合した両者は同宿をして、画談を語り明かしました。
その青年画家こそが、不同舎門下の【吉田博】その人だったのです。


以来二人は盟友として新しい希望に萌えつつ交流を深め、二人でアルプスの山々に
画題を求めて登山を試み、晩霞の画人生の転機を画するに至ったのだそうです。

晩霞の生家はありませんでしたが、「吉田博」と親交の深かった晩霞の生家を
訪ね、アルプスまで徒歩で行ったという行程を辿ることが出来た夫、学芸員さん
は、とても満足の様子でした。

東御市海野街道1


東御市海野ハナミズキ





私も、門外ではありますが、こっそりと勉強させていただきました。

丸山晩霞につきましては、「丸山晩霞記念館」のホームページを参考にさせて
いただきました。(http://www.ueda.ne.jp/~houzenji/sub22.html)


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